グレゴワール・シャマユ(Gregoire Chamayou)著(渡名喜庸哲訳)の「ドローンの哲学」(原題: Theorie du drone)を紐解きました。新聞紙上で、好意的な書評も幾つか見られます。
フランスの哲学者が、軍用ドローン(主に、米国)の問題について批評したもので、その影に焦点を当てたものといえます。ドローンは軍用から出発していることから、その歴史も長いので、このようなタイトル・テーマでドローン批評がされるのは自然なことかなと思います。既にプロバンス地方にてドローンが物流に利活用されている例もあり、Parrotを輩出しているドローン先進国のフランスからの著作という点も興味深いです。
多岐にわたる論点・批評が提示されています。網羅的ではありませんが、以下のとおり、印象に残った点を備忘的にまとめてみました。
・軍用ドローンは、遠隔技術によりターゲットに攻撃を加える技術を備え、「戦争」は「マンハント」に変容する。
・「対テロ戦争」の新たな展開を可能にする。
・安価に準備できるため、敵側においても活用されてしまう。
・常時監視、記録化、アーカイブ化を実現し、ビッグデーターによるターゲットに関する分析を可能とする。
・領土的な主権原理を超えて、空からの垂直的な追跡を可能にする。
・戦闘員の犠牲のゼロ化を推進するも、他方、戦闘と呼べない状況において行われる殺人をどのように正当化するかという問題が発生する。
・軍用ドローンの活用により国民の生命が危険に晒されなくなる結果、軍事行使に対する国民の関心が低下し、推進者に対するコントロールが効かなくなり、モラルハザード(行き過ぎ)の恐れがある。
ロジカルで、正鵠を得た警鐘・指摘もあり、興味深く読みました。他方、空爆や生物兵器による非戦闘員の痛ましい犠牲が目立つ昨今、適切なプロセスを踏んで、うまく活用することにより、ドローンによる常時監視・標的攻撃の精度の高度化による戦争やテロの抑止的効果や、犠牲の最小化といったメリットも否定できないように思いました。
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